途方に暮れ、生きていることの美しさに心奪われて


 アンリ・カルティエ=ブレッソン写真集成


ブレッソン(Henri Cartier-Bresson, 1908–2004)によるル・クレジオ(Jean-Marie Gustave Le Clézio, 1940–)25歳の時のポートレイトを見て、軽い衝撃を受けた。この繊細そうな青年はちょうど40年後の雪の札幌でまるで白樺のように私の前に立っていたのだった。その途方に暮れ、微かに心揺れる姿は美しかった。彼の見果てぬ夢の在り処を確かめるように、『ロドリゲス島への旅』を再読した。



 ロドリゲス島への旅―日記

私にとってこれは実話ではなく、夢見るための物語だったのです。

  ル・クレジオ『ロドリゲス島への旅』中地義和訳、朝日出版社、1988年、209頁

彼はまた一個の言語を、彼の語、彼の文法規則、彼のアルファベット、彼の記号体系でもって、本物の言語を発明する。それは話すためというよりはむしろ夢見るための言語、彼がそこで生きる決意をした不思議な世界に語りかけるための言語である。

  同書、138頁

この厳しい荒地に一人いた彼が、自分をここに導いてきた理由をしばしば忘れてしまうことがどうしてなかったと言えようか。そのとき彼はもう何も探してはいなかった。何も欲してはいなかった。彼はただそこにいた、土の近く、黒々とした岩石の近くに。陽に焼け、風に包まれ、途方に暮れ、生きていることの美しさに心奪われて。

  同書、210頁〜211頁


参照