洪水の世の旅人


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姜信子さんが『ナミイ! 八重山のおばあの歌物語』(asin:4000241559)で世に知らしめた「ナミイおばあ」こと新城浪さんの歌い,踊る人生の凄さを、姜信子さんが企画し、あの本橋成一さんが監督したドキュメンタリー映画『ナミイと唄えば』(2006年)を観て、再確認しながら、ル・クレジオインディオの一部族ワナワナ族の儀礼に霊感を受けて、ひとりの作家としての現代における使命を静かに熱く書き記した言葉を想い起こしていた。

 現行の世界をおびやかす新たな大洪水に抗して、ひとりの作家にはいったい何ができるだろう。ひとりの人間には、それが誰であれひとりの人間には、科学がみずからをよりよく滅ぼすために発明してしまった熱核死に抗して、何ができるだろう。ヨーロッパあるいは地方の都市に住むひとりの人間が世界の朝を救うためには、何ができるだろう。おそらくその人だって、森のワナワナ族がそうするようにただ踊り、音楽を奏でること、つまり、話し、書き、行動し、自分の祈りを丸木舟のまわりの男女とひとつに結びつけようと試みることができるはずだ。彼はそうすることができる。すると他の者たちが彼の言葉、声、祈りを聞き、彼と力を合わせてくれるかもしれない。脅威をしりぞけるために、悪しき運命をまぬかれるために。
 書こう、踊ろう、新たな大洪水に抗して。
  (ル・クレジオ『歌の祭り』asin:4000222023、221頁〜222頁)


『ナミイと唄えば』の公式ホームページはこちら。

ナミイと唄えば公式ホームページ


また、ナミイおばあの常識をひっくり返し人の度肝を抜く痛快な「名言」の数々をこちらで読むことができる。

沖縄最後のお座敷芸者ナミイの人生歌い語り


ナミイおばあが身を以て示してくれるのは、生き延びるための戦略とか戦術といったような小賢しい処世術ではなく、かつて藤原新也がアジアの放浪記で記した「自然の倫理」に通じるような命の掟ともいうべき、今を生きる、深く厳しく暖かくユーモラスでさえある裸の生き様である。映画を監督した本橋成一さんはナミイおばあとの出会いと出来上がった映画について次のように語っている。

 僕がとまどったことは、おばあは自分の過去にほとんど興味がないということだった。かなりの辛い半生だったと思うのだが、決して苦労話にならない。だから、辛かった過去をインタビューして、今の明るい可愛い85歳のおばあを演出するというドキュメンタリー映画のひとつの組立にもならない。おばあの中には、いつもこれからの人生を楽しむことしかないのだ。過去のことより、明日のことの方が気になって仕方がないのだ。神社やお寺にお参りに行っても、歌三線でみんなを喜ばし続けたいから、どうか百二十歳まで長生きさせてほしいと本気でお願いする。
 いつの時代でも御上や国家は自分たちの都合のいい歴史をつくっていく。それなら、みんなそれぞれに自分史をつくればいいのだ。昔出会った引退間際のサーカス芸人の千代子姐さんも過去の話はいつもその時々で違っていた。そんなことより、「今度からはこんな芸でお客さんを喜ばせたい、喜ばすんだ」と話がはずむ。過去の自分はこれからの自分でいい。だから、おばあの辛かったであろう半生も、楽しい人生にいつの間にか置き換えられるのだろう。
 そんなわけで完成したこの映画は、歌って踊って、ちょっと楽しい映画になった。ぜひこの映画からおばあの人生をのぞいてほしい。

 (ナミイと唄えば公式ホームページ - 紹介


そんなナミイおばあに遭遇して以来、「黒子」や「家来」に徹するようにして彼女に寄り添いながら、一緒に歌い、踊り、島から島へと旅をしながら、姜信子さんが書いた言葉は、私の中で、ル・クレジオの言葉と深く共鳴する。

 おばあと連れだってゆく旅は、生きて、生きて、生き抜くために、ひたすら歌う旅。私はその生に対するあからさまな強欲さにたじろぎました。その一途さに戸惑いました。でも、おばあの歌の流れるところから離れられない。その歌に自分のなかに封じ込められている何かがざわめいている。私は、わからないわからないと呟きながら、おばあとともに野越え山越え海越え歩きました。(姜信子『ナミイ! 八重山のおばあの歌物語』182頁)


 わたしたちは、この世に渦巻く水に繰り返しすべてを剥ぎ取られて、洗われて、ついにはまるはだかの命そのものになる。それでも、わたしたちは繰り返し舟を造って、旅立って、何もまとうもののない命、何ものにも代えられぬ命、ただそれだけをひたすら守って、つないで、生きていく。かけがえのない、わたしたちの、旅。かけがえのない、わたしたち。
 ナミイおばあ、あなたもそうですね。この洪水の世の旅人ですね。舟を造り、帆を張って、命をもてあそぶ波間をくぐりぬけて、島々めぐり、ひたすらに生きてきた旅人ですね。あなたは一途に命を想いつづける旅人ですね。わたしたちの母も祖母も、そうでした。歌うあなたは、わたしたちの母、わたしたちの祖母、命の環でむすばれたわたしたちの家族。(姜信子『ナミイ! 八重山のおばあの歌物語』189頁)

 「ああ、そうだ、おれたちに故郷はない、でも、明日はあるぞ」(姜信子『ノレ・ノスタルギーヤ』127頁)

 本気の祈りに、本気で応えるカミがいる。(姜信子『ナミイ! 八重山のおばあの歌物語』174頁)

 おい、おまえ、宙を漂うだの、風まかせだの、智慧だの、なんだの、軽々しく口にするそこのおまえ、死に物狂いで、本気で、カミに祈ったことがあるか?
 命を、かけて、歌ってみろ。(姜信子『ナミイ! 八重山のおばあの歌物語』176頁)


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