鳥瞰図絵師吉田初三郎はシュールレアリストだった


岡山市街鳥瞰図』*1

「知られざる佳曲」のくまさんが、大正から昭和初期にかけて活躍した自称「大正の広重」こと、鳥瞰図絵師の吉田初三郎(よしだ はつさぶろう, 1884-1955)を紹介している。

吉田初三郎の鳥瞰図:聖化された観光地(2007年08月01日)

たまげた。だれしもどこかでかすかな見覚えがあるのではないかと思われる独特の視野とタッチの地図。大変興味深い。というのも、私がつたないながら、土地の「体」と呼んできた、自分が生きている場所のもっとも生々しい、最もリアルな姿のビジョンが、吉田初三郎によってひとつの見事な形を与えられていたからである。吉田初三郎の鳥瞰図は一目見たら、忘れられない感触を残す不思議な地図である。それは土地に関する非常に優れた記憶術だと感じた。おそらく、人間の脳の記憶のメカニズムに非常にフィットした情報の組織化が行われているはずだ。

Wikipediaでは、その作風について「現在の鳥瞰図の手法は平行透視図法が主流であるが、初三郎は『初三郎式絵図』と呼ばれる独自の作風を確立していた。その特徴は見えないはずの富士山やハワイが描かれているなど大胆なデフォルメや遊び心にある。」と説明されている。「初三郎式絵図」に潜む、幾何学的精神としての平行透視図法を超えた繊細の精神の働きはどんなものなのか。興味は尽きない。

ひとつはっきりしていることは、見えないはずのものが描かれているという見方は誤っているということである。むしろまったく逆に、見えないはずのものが描かれているからこそ、優れた地図、鳥瞰図なのだ。そこには、吉田初三郎が実際に歩いて見た景観と感じた起伏がその身体感覚とおそらく相似形に描かれている。しかも視点は歩行にしたがって滑らかに移動していたはずだ。だから、複数の視点から描かれているというよりは、移動する視点によって描かれていると見たほうがいい。その身体感覚が、一目見てびんびん伝わってくる。実際には、複数の場所からの景観を、それらの間の隙間を想像力で補うようにして、統合したのだろう。身体や脳の無意識の機能に深く寄り添って土地の現実を露(あらわ)にさせるその「初三郎式絵図」は、大人のシュールレアリズムとも言える世界認識の方法であるような気がする。

「地図の資料館」には、日本全国と外地の吉田初三郎作鳥瞰図の見本が掲載されている。私が住む北海道の鳥瞰図(昭和11年札幌の鳥瞰図(昭和11年)、小樽の鳥瞰図(昭和26年函館の鳥瞰図(昭和11年)などもあって、驚いた。

*1:This image is in the public domain.