その蝶の名は


http://www.the-alist.org/wallpaper/wallpaper404.html

あれは、2年前の夏のことだった。梅田さん(id:umedamochio)がサンフランシスコで面白い飛び方をする蝶(id:bookscanner)を発見したと報告した。それはどんな飛び方だろうと興味をもった私はさっそく見に行った。もちろん、現地にではなく、ネット上で。それはそれは今まで見たことのない不思議な飛び方をする蝶だった。しかもときどき消えたりもする。そして思わぬ場所からひょっこりと顔を出す。変な奴だ。でも面白い。そこで私は忘れないように、名前をつけた。学名はPapilioninae Bookscannerius。英名はBookscanner butterfly。

Bookscanner butterflyの不思議な羽ばたきが起こす波動は太平洋を超えて確実に日本にも伝わってきた。それを快く思わなかった面々もいたようだが、私には心地好かった。時々わざわざ日本にまで飛んできたこともあった。そしてあちらこちらに不思議な余韻を残してまた海の向こうへ飛び去った。

そのうち、どうせ羽ばたくなら羽ばたき甲斐のあるところでと判断したらしく(多分)、その蝶は日本を住処に選んだ。そしてより一層奇妙な羽ばたき方を見せながら、本格的に大胆に飛び回り始めた。まるで別の蝶(id:simpleA)に生まれ変わったように思えたので、私は呼び名を変えた。新たな学名はPapilioninae simplicisA。英名はsimpleA butterfly。


ところで、こうして毎日ブログにつたない文章や写真やたまにビデオをポストしながら、つらつら思うことがある。ひとりひとりのブロガーは現実社会のそれぞれの場所で生身で生きている。そこを軽視してはいけないし、そこをよりよくするためにこそ、ブログを通した活動もあるべきだ。その点で本末転倒に陥らないよう気をつける必要がある。


simpleA butterflyの奇妙な羽ばたき方と大胆な飛び方、つまりはその不思議な明るさには戸惑うことがある。その戸惑いは梅田さんの書くものにも感じる戸惑いに似ているようで微妙に違うところがある。

梅田さんのエクリチュールを駆り立てているように思われるいわば「戦略的オプティミズム」とプラグマティズムの裏には、ご本人も随所で示唆しているように、深いペシミズムが控えている。そもそも現状に悲観していない者が、あのように熱く前向きに書くことはできない。梅田さん自身は意識しているかどうかは知らないが、私は梅田さんの書いたものに触れるたびに、イタリアの思想家アントニオ・グラムシ(Antonio Gramsci, 1891–1937)の「知性においては悲観主義、意思においては楽観主義」を思い出す。希望や革命や進化や変化を指向する明るい言葉は現状の悲観的、絶望的認識を糧として生き延びる。


しかし、simpleA butterflyの不思議な明るさには、グラムシ的なペシミズムの黄昏色が微塵も感じられない。むしろ恐ろしいほどあっけらかんと明るい。そんな明るさに無邪気に騙されてはいけないなどと思ってしまうほどの明るさだ。もちろん、私はその明るさが好きだ。simpleA butterflyの不思議な明るさが振りまいているメッセージは、私なりに翻訳すれば、こんな感じである。

絶望、悲観、というけれど、その絶望的認識や悲観的認識はどこまで突き詰めたわけ?つまりは自分が生きている場所でどれだけ知性を働かせてる?そのくらいで絶望、悲観してて許されると思ってんの?こういう風に考えれば、調べれば、あなたの絶望、悲観程度なら、いつでも楽観に変えられるでしょ?

つまり、もっと本格的に悲観、絶望することが、真に楽観、達観(?)して生きるための秘訣であるということ。「戦略的ペシミズム」と言ってもいいかもしれない。*1

お伽噺になり切れなかった文章で悪しからず。力量不足ということで*2

*1:ここだけの話。これは梅田さんを完全に向こうに回した戦略とも言える。

*2:梅田さん、金ちゃん、ごめんなさい。