ミュージック・ワイア、AU-D607G Extra(Sansui, 1983)


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辺見庸赤い橋の下のぬるい水』(文春文庫、1996年)には表題作の他にベトナムを舞台に娼婦たちと闇の中を疾走する「ナイト・キャラバン」と家族の日常をテーマにした「ミュージック・ワイア」の二作品が収められている。「ミュージック・ワイア」には「私の家」にひとりの不思議な空気をまとった紳士が出入りするようになり、彼の行動に家族全員がいわば洗脳されて行くというストーリーなのだが、その男というのが、なんと、「三上さん」なんである。「三上さんが……、三上さんは……」とセンテンスが始まるたびに、体の芯がぴくっと反応するようで、どうも読み心地が落ち着かず、あらぬことをあれこれ想像したりしたが、吉本隆明が「綺譚」と評した理由のひとつでもある、細部への際限のないこだわりや特定の物事に関する飽くことなき好奇心の表現には非常に感心もし、結末も両義的、暗示的で好ましかった。特に、家の各所の掃除の仕方、家の壁や屋根の塗装の仕方などに関する具体的かつ詳細な記述は、実際に役に立つぞと思ったりした。読みながら、実は、「三上さん」とこのオレにはひとつだけ共通点があるなと感じていた。それは汚れたものを見ると放っておけない、その汚れを落としたくなるという性格である。例えば、ハードオフなんかに行くと、埃を被ったまま、汚れの染み付いたままの、ジャンク品の数々が、買いもしないのに、見ているだけで、哀れで仕方がなくなる、、。




ところで、、。先日、長年愛用していた、昔中古で買ったDenonのミニアンプUPA-F10がいかれた。近所のハードオフに手頃なものを探しに行った。そこで、埃、皮脂まみれの大型ブラックボディーのSansuiのアンプAU-D607G Extraに一目惚れしてしまった。I fall in love too easily. なけなしの小遣いをはたいて買った。オレがキレイにしてやる。左右バランスツマミが欠損しているためにジャンク品扱いだったが、店頭ではデモ用に使われていてちゃんと音が出ていたし、デザインも気に入った。値段は12,600円。自分自身へのお年玉だ! AU-D607G Extraは、四半世紀あまり前の1983年に発売され、当時の価格は 79,800円。重量は14キロくらいあって、持つとずしりと重たい。赤子を大切に抱くようにして持って帰って、埃、皮脂まみれのボディーの汚れを手拭いで丁寧に拭いて落としたら、新品同様とまでにはいかないにしても、見違えるほど綺麗になった。それでまず大きな満足感を得られた。左右バランスツマミがないのも愛嬌に思えて来た。UPA-F10に、ご苦労さん、と声をかけて、レコードプレーヤー、スピーカー、CDプレーヤーなどの接続をAU-D607G Extraに切り替えた。そして、mulligan meets monkのLPレコードをかけた。感激、、。眼を瞑ると、そこは私が生まれる一寸前、1957年8月12日のニューヨークのどこかのスタジオだった。