消え行く旋律に耳を澄ますジェラルド・グローマー


宮成照子編『瞽女の記憶』(桂書房、1998年)


宮成照子とジェラルド・グローマー(Gerald Groemer)


 前書(『越中瞽女と母の在世ご利益』を指す)を世に出したことでたくさんの方とまた新たに出会うことができました。今度の本の中に転載を許していただいた(「加賀藩瞽女瞽女唄」を指す)ジェラルド・グローマー博士は国会図書館で私の前書を見つけ、会いにきてくださいました。博士はアメリカ国籍ですが父はドイツ人、母はオーストリア人とのこと。消え行こうとする日本の民俗音楽を研究され、特に底辺の人々の歴史を探ろうと情熱を傾けておられます。
 185センチの長身を曲げてわが家で過ごされた四泊五日の思い出は、私にとって生涯の宝物となりました。


  宮成照子編『瞽女の記憶』桂書房、1998年、210頁


そんなジェラルド・グローマーの「情熱」は下に代表される研究成果となって世に出ている。



幕末のはやり唄―口説節と都々逸節の新研究




『瞽女と瞽女唄の研究』(名古屋大学出版会、2007年)asin:481580558X


『幕末のはやり唄 口説節と都々逸節の新研究』と『瞽女瞽女唄の研究』の著者紹介によれば、ジェラルド・グローマーは1957年オレゴン州に生まれた。アリゾナ州立大学ピアノ科を卒業後、ジョンズ・ホプキンズ大学ピーパディ音楽院ピアノ科に進み音楽学修士号・博士号を取得した後、1985年に来日し、東京芸術大学大学院理科で民族音楽学修士号・博士号を取得した。さらに1992年から94年にかけて江戸東京博物館専門研究員として滞日した後、しばらくインディアナ州アーラム大学で教鞭をとっていたが、現在は山梨大学教育人間科学部で教鞭をとっている。しかもピアノ演奏家としても活躍中とのことである。本人の弁によれば、

G.グローマー研究室では、主に日本近世庶民芸能史の研究が行われています。瞽女(女性視覚障害者・三味線を弾き、長編の歌詞を持つ唄を歌たいながら、関東甲信越を中心に庶民に芸を披露した)、願人坊主(鞍馬寺を本拠地とした芸人・宗教者・滑稽な唄をうたい「住吉踊り」を踊り、札を配り、加持祈祷もした)、江戸の小芝居・宮地芝居、津軽三味線をはじめ、日本文化に大きく貢献した人々・事柄の研究調査を通して、芸術文化を社会の底辺から見直す。国内のみならず海外でも研究成果を発表しています。
授業においては、西洋音楽・東洋音楽(日本音楽を含む)を教え、また、ピアニストでもあるので、ピアノ実技の指導も行っています。ご相談等ありましたら、お気軽に研究室へお越し下さい。日本語、英語、ドイツ語での会話可。

 グローマー研究室(山梨大学教育人間学部)


ジェラルド・グローマーは音楽の素養がありピアニストでもあることを知って、彼の「日本近世庶民芸能史の研究」の独自性に関して腑に落ちるところがあった。例えば、都々逸、口説き唄、瞽女唄など、彼は個々の具体的な唄に関する分析において、歌詞について詳しく論じるだけでなく、できるかぎり採譜を行いながら、「音楽的要素」の分析にも精力を注いでいる。というのも、彼によれば、はやり廃りの激しい歌詞にくらべて、変化の遅い旋律は「庶民の共有の潜在的財産」であるといえるからである(『瞽女瞽女唄の研究』研究篇、viii)。


そのような旋律に耳を澄ます姿勢は、彼の「庶民芸能史の研究」をささえる「社会の底辺」への非常に具体的で繊細な眼差しにも通じている。