Nさんの道


いつの頃からか毎朝ほぼきまったルートを時計回りに歩くようになった。ときどきほぼ同じルートを反時計回りに歩くNさんに出会う。風太郎時代からの顔見知りである。右脚を引き摺っている。軽い右半身不随でリハビリを兼ねた散歩を毎朝している。辛そうに、苦しそうに見える。だが、声をかけると、歩いているときとは別人のような満面の笑顔で応えてくれる。「昨日はひどい天気でしたね」「ああ、そうだねえ」毎回そんな短い言葉を交わすだけだが、対面したときの満面の笑顔と一所懸命リハビリする後姿にいつも勇気づけられる。ところで、ふだんはほぼ平らだと思って歩いている道は、実は高低差が1メートルほどの振幅で波打っている。その道を低い位置からズーム撮影するとよく分かる。肉眼では隅々まで見通しているはずだと思っている空間が道の盛り上がりによってかなり遮られている。今でもすっかり目覚めていないときなどには、ちょっとした足の運び、体重移動のズレによって靴のつま先がアスファルトに引っ掛かって転びそうになることがある。それでもすぐにひっかからずに無意識に歩けるような体重移動プログラムを脳は瞬時に呼び出し、ひっかからない歩き方を全身に指令する。しかし、左右の半身不随になったら、それも難しくなるだろう。絶えず意識して足を運ばなければつまづいて転んでしまうかもしれない。Nさんはいつも足元を見ながら慎重に歩いている。