出勤途中


五十年後の未来に、私はもうこの世にはいない頃に、この写真を見た人は、何を読み取るだろうか、とふと思う。アスファルト、コンクリート、鉄、プラスチックからなる環境を懐(なつ)かしむことになるだろうか。それとも「今」と変わりないと思うだろうか。出勤途中、車の窓を開けて、ハナ!と呼びかけるも、今回もまた、認知されなかった。気温は氷点近く。ハナは視線はこちらに向けたものの、それ以上の反応はなく、丸くなったままだった。勤務先の大学まで、葉がすっかり落ちて裸になった柳、白樺、桜、ナナカマドの街路樹の間を走り抜ける。昨年から街路樹の剪定が「過度」を越して「異常」と感じるようになった。今年は特に酷いと感じている。腕を切り落とされたような無惨な姿を晒している街路樹が目立つ。雪害に備えてのことだろうが、それにしても、やり過ぎだと感じることが多い。街路樹を含めた風景にも、宮本常一に倣って言えば、そこで暮らす人々の「いとなみ」の全過程とどう生きようとしているかの「意志」が痕跡として留められている。こういう風景を当たり前だと感じて育った子どもたちの心の風景を思うと、ますます寒々しくなる。同じような雪国でも、こんなではない街、きっとあるにちがいない、の風景を想像する。朝から、そんなことを考えていた。