ビロウ? ビンロウ?

前からちょっと気にかかっている植物名がある。

 花の里の長老と、ひときわ高い声の女性の歌い手が並んで立って、それぞれ人の背丈ほどもある太い竹の先につけた大きな鈴を鳴らして、シンシンシン、鈴と一緒につりさげた瓢箪と人の頭ほどの大きさの作り物の檳榔の緑の実とを揺らしてシンシンシン。
 それは、あなたがたの祖先から受け継いできた竹の杖? そうやって歌うのが祭りの作法?

(姜信子『ナミイ! 八重山のおばあの歌物語』187頁)

このくだりは、姜信子さんが水牛老師こと大田静夫さんの勧めでナミイおばあと訪ねた台湾のハンセン病患者の施設での一場面である。ここに登場する「人の頭ほどの大きさの作り物の檳榔の緑の実」の「檳榔」が気になっている。植物はその風土や生活の様子を知る大きな手掛かりになるということもあって、文章の中に見知らぬ植物の名前が登場したら必ず調べる癖がついている。恥ずかしながら、最初調べたときになぜか「檳榔」はビロウだと思い込んだ。ところがどうも違う気がしてきて、調べ直したら、ビンロウのように思えてきたが、未詳。植物の同定の面白いところは、時代によって土地によって同じ植物の名前は変わることである。混同も少なくない。個人的には、その揺れているところが面白いと感じている。


ビロウもビンロウも同じヤシ科の植物だが、ビロウの名はビンロウと混同されたものらしい。ビロウは古くはアヂマサと呼ばれ、神聖な植物と見なされた。

古代天皇制においては松竹梅よりも、何よりも神聖視された植物で、公卿(上級貴族)に許された檳榔毛(びろうげ)の車の屋根材にも用いられた。天皇の代替わり式の性質を持つ大嘗祭(だいじょうさい)においては現在でも天皇が禊を行う百子帳(ひゃくしちょう)の屋根材として用いられている。民俗学折口信夫はビロウに扇の原型を見ており、その文化的意味は大きい。扇は風に関する呪具(magic tool)であったからである。

ビロウ - Wikipedia


他方、ビンロウはビンロウジ(檳榔子)と呼ばれるその種子が古来噛みタバコに似た嗜好品として愛用されてきた。

檳榔子は古来から高級嗜好品として愛用されてきた。檳榔子とキンマは夫婦の象徴とされ、現在でもインドやベトナムミャンマーなどでは、結婚式に際して客に贈る風習がある。

床にビンロウジを噛んだ唾液を吐き捨てると、血液が付着したような赤い跡ができ、見るものを不快にさせる。そのためか低俗な人々の嗜好品として高所得層に蔑まれている。そのため近年では若者層を中心に愛好者が減少している傾向にある。

台湾では、露出度の高い服装をした若い女性(檳榔西施)が檳榔子を販売している光景が有名である。近年、台北市内では風紀上の問題からこれに対して規制が行われた。台湾では現在、道路にビンロウを噛んだ唾液を吐き捨てると罰金刑が課せられるため、中心街では路上に吐き出す習慣は無くなったが、少し離れると吐き捨てた跡や、噛み尽くしたカスが見られる。購入時にエチケット袋(紙コップとティッシュの場合が多い)が共に渡される。
若者層の愛好者の減少を売り手側は深刻に受け止めているため、甘味をつけたビンロウを売ることを模索している。

ビンロウ - Wikipedia


花の里の女性たちが持つ竹の杖に釣り下がっていたのは「人の頭ほどの大きさの作り物の檳榔の緑の実」である。ビロウかビンロウか。