Coyote No.35 特集:ロバート・フランク はじまりのアメリカ
- 作者: 新井敏記
- 出版社/メーカー: スイッチパブリッシング
- 発売日: 2009/02/10
- メディア: 大型本
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Coyote No.38 特集:山郷の暮らし[夏、山人に聞いた]
- 作者: 新井敏記
- 出版社/メーカー: スイッチパブリッシング
- 発売日: 2009/08/10
- メディア: 大型本
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雑誌『Coyote』に連載中の坂口恭平さんの「ハロー!ワークス」は断然面白い。「現代の生業カタログ」という副題をもつこの連載は「たくさんのレイヤーが重なりあう街、東京。その『ねじれ』があらわになる路上では、日々不思議な生業が生み出されていく。話題の書『TOKYO 0円ハウス0円生活』の著者が、都市の狩猟採集民たちのアイデアをフィールドワークする、現代のリアル職業カタログ」を目指している。重たいはずの現実から軽快で創造的な生きる術につながる認識を救い上げる坂口さんの手並みは鮮やかだ。これまで坂口恭平さんについては何度か書いてきたが、そもそも坂口さんの存在を知ったのは、だいぶ前に『Coyote』(No.31)に載った「貴金属拾い職人&路上古道具店主」のSさんに取材した報告を本屋で立ち読みして感動したのがきっかけだった。そこから彼の書いた本を次々を読むことになり、最新刊『TOKYO一坪遺産』(春秋社)の紹介までしてきた。
- 究極のサバイバルのモデル(2009年02月23日)
- 坂口恭平と宮本常一(2009年02月27日)
- 瓦礫の思想、ゴミの思想、0円モデル(2009年03月05日)
- 坂口恭平の「巣」の思想(2009年07月08日)
だが、最近コヨーテの連載のことをすっかり忘れていた(歳だ!)。ところが、まったく別の関心から買ったコヨーテのNo.35とNo.38でその連載に再会すべくして再会したのである。自慢ではないが、自分が出会った大切なものには、忘れてもきっと巡り会うような生活のサイクルになっているような気がする。No.35の「現代の生業カタログ5」では「ガラクタ拾い&路上古道具屋店主」のKさん(52歳)、No.38の「現代の生業カタログ8」では「賄い夫」の佐藤さん(65歳)が輝かしく紹介されている。読んでいて幸せな気持ちになる。なぜか。人生はちょっと見方、考え方をチェンジするだけで、180度転換することを目の当たりにするからである。見方、考え方次第では、坂口さんが紹介する人々は可哀想な辛い酷い生活を送っている人々に思われるに違いないのだが、ところがどっこい、彼らは一様に現在の生活にこの上なく満足し日々楽しくクリエイティブに働き暮らしているのである。坂口さんの報告の非常に優れているところは、都市や建築に関する「空間」活用の観点からの深い哲学的考察に裏打ちされた、かつ、分かりやすく愛情の籠った文章やイラストだけでなく、取材した人の生活の全体像がぱっと把握でき、それだけで目からウロコが何枚か落ちてしまうような「履歴表」にもよく表われている。例えば、Kさんと佐藤さんの「履歴」はこうである。
Kさん 男性52歳
- 職業 不燃ゴミ拾い、古道具屋経営(玉姫公園路上にて)
- 元職業 寿司職人
- 月収 20万円から30万円
- 住居 隅田川沿岸にて路上生活
- 労働 午前5時から午前11時まで(6時間)
- 食費 12万円(1日3食外食・毎日居酒屋通い)
- 携帯 プリペイド携帯を所持
- 貯金 0円 18金ネックレス30gと18金指輪15g(1g=1300円なので現在58500円)
- 趣味 競馬 毎週2、3万使ってしまう
- 恋愛 通っている居酒屋の女性(30歳)に熱烈アタック中
- 調査日 2008年12月8日
- 場所 台東区玉姫公園周辺
- 体調 良好だが飲み疲れ
- 満足度 星5つ(路上生活以前より稼いでいる)
『Coyote』(No.35)202頁
賄い夫 佐藤さん 男性65歳
- 職業 料理家
- 前歴 引っ越し屋班長
- 月収 2万5千円(ほぼ全て食材費に充てる)
- 住居 新宿中央公園にブルーシートハウス
- 路上歴 12年(新宿西口地下通路4年、新宿中央公園8年)
- 食費 1ヵ月2万5千円で5人分を作る
- 貯金 無し
- 趣味 読書(時代小説のみ)、競馬
- 調査日 2009年7月3日
- 場所 新宿区新宿中央公園内
- 体調 良好
- 満足度 星5つ(欲しいもの、不満など一切無し)
『Coyote』(No.38)194頁
これで、Kさんと佐藤さんの労働と生活に興味を持たれた方はぜひコヨーテに当られたし。坂口さんは、Kさんに関しては「東京という都市を最大限に活用し、まるで都市全体を仕事場とみなしているような空間の使い方」(205頁)に俄然注目し、佐藤さんに関しては「生業」という観点から「一円も稼がずに、人のために料理を作ってあげるということだけで生活が成り立っている」(196頁)点に注目している。ちなみに、「保証人になって多額の借金を作ってしまい、家族と離別した過去を持ち、今でも自己破産して別れた妻と子供たちのことを夜、たまに思い出すことがあるが、それ以外は友人にも仕事にも恵まれ、何一つ不満がなく、非常に楽しい毎日を送っている」(197頁)という佐藤さんのあっけらかんとした弁に目頭が熱くなった。
それにしても坂口さんが偉いのは、Kさんや佐藤さんの生活をただ外側から観察するのではなく、行動を共にしたり、場合によっては生活の一部を共にすることを通して、自分の目と体で彼らの労働と生活を体験し、そこから一見彼らよりも豊かで幸せな人生を送っているように思われる大多数の日本人の都市における労働と生活に対する見方、考え方を根本からガラリと変えてしまうような力を持った普遍的な視座をつかみ出しているところである。それは同じ人を「路上生活者」と見るか「都市の狩猟採集民」と見るか、あるいは同じものを「ゴミの山」と見るか「宝の山」と見るかの違いにもっとも鮮やかに示されている。それはこれからの時代を生きて行く上で必須な知恵にもつながるような気がしている。