民俗

びろう樹

asin:4309740014 以前、檳榔はビロウなのかビンロウなのか実物を見たことのない私には判断がつかないという趣旨のエントリーを書いた。 ビロウ? ビンロウ?(2009年11月20日) 『宮本常一 旅する民俗学者』(河出書房新社、2005年)に収録された佐野眞一と…

ビロウ? ビンロウ?

前からちょっと気にかかっている植物名がある。 花の里の長老と、ひときわ高い声の女性の歌い手が並んで立って、それぞれ人の背丈ほどもある太い竹の先につけた大きな鈴を鳴らして、シンシンシン、鈴と一緒につりさげた瓢箪と人の頭ほどの大きさの作り物の檳…

種(たね)に根づく

asin:4167340062 こんな変わった言葉がある。 人は土地に根づくのではなく、種に根づく(佐野眞一『大往生の島』85頁) これは周防大島に昔から伝わる島民の「華僑的」とも言える海洋民的性格をよく表した言葉だという。特に沖家室漁民には、魚を追ってどこ…

お婆さん

asin:4620605859 岡本太郎によっておよそ半世紀前に記録された「東北」、特にイタコとオシラ神の写真と文章に触れて思うところがあった(東北の自然と文化の底流をなし、現代の絵馬にまでつながる「あの暗いとさえいえる、生命力の炎の塊りのような動物」(5…

「土佐源氏」の詩と真実

歌行燈・高野聖 (新潮文庫)作者: 泉鏡花出版社/メーカー: 新潮社発売日: 1950/08/15メディア: 文庫購入: 1人 クリック: 36回この商品を含むブログ (36件) を見る 泉鏡花の「高野聖」(明治33[1900]年)をはじめてまともに読んで、内容はさておき、「私」が出…

「絵引き」の発想、念仏を栖(すみか)とす

非常に優れた自伝である宮本常一の『民俗学の旅』の最終章は「若い人たち・未来」と題されている。基本的には、「可能性の限界をためしてみるような生き方」(194頁)、「生きるということはどういうことか、また自分にはどれほどのことができるのか、それを…

メメント・モリ、新生

メメント・モリ(Memento mori)は、ラテン語で「自分が(いつか)必ず死ぬことを忘れるな」という意味の警句である。日本語では「死を想え」「死を忘れるな」などと訳されることが普通。芸術作品のモチーフとして広く使われ、「自分が死すべきものである」…

「声」の歴史の断絶

宮本常一は九州への旅(昭和15年、33歳)の回想の中で明治維新を境目とする日本人の「声」の歴史の深い断絶に触れている。大変興味深い。 私が年寄りたちからいろいろの話を聞くようになったとき、明治維新以前のことを知っている人たちとそうでない人たちの…

幻の写真集『紅頭嶼ヤミ族民族図誌』(1945)

『Illustrated Ethnography of Formosan Aborigines, The Yami Tribe(紅頭嶼ヤミ族民族図誌)』(『宮本常一、アジアとアフリカを歩く』201頁より) 表紙(Open Libraryより) 『宮本常一、アジアとアフリカを歩く』(asin:4006030320)に収められた「台湾…

月からの連想

書斎で仕事中のネフスキー。大阪外国語学校時代。*1 月見遊びのせいか、いろいろと「月」づいている。『竹取物語』を思い出したり、『セーラームーン』を思い出したり、『ペーパームーン』を思い出したり、美崎薫さんが大好きらしい月のブランコに腰掛けるカ…