思想

善人面

ムラサキハナナ(紫花菜, Chinese violet cress, Orychophragmus violaceus)の長角果 散歩がてら花の写真なんか撮っていると悪人とは思われず、善人だと思われて、よく声をかけられる。多くの人は外から見える外見や行動によって見えない心を推し量り、たい…

汝の敵を愛せるか?

「汝の敵を愛せ」(アルフォンソ・リンギス、asin:4879848018)るか? 愛とか平和の問題は結局はそこに逢着する。そしてそれは個であることの深い自覚に連動した真の歴史の始点であるというような意味のことを辺見庸は随所で語った。例えば、 …みなともっと…

建築言語と植物言語

二週間前の日曜日、日本海方面に向かう途中、たしか当別町の山中で、こんな水田のある風景に目を奪われた。 望来の丘でアカエリヒレアシシギの群れを見た(2010年07月25日) ただし目が釘付けになったのは水田ではなく、農家の住宅から少し離れた倉庫の前に…

肉の心の声

しばらく歩いているとある敷居を越えることを体で覚えた。意識が、頭から体の方に切り替わる。すると、心が軽くなる。そんな敷居がある。毎朝写真を撮りながら歩いているので,その変化は撮った写真にもはっきりと表われる。敷居の手前ではいかにも頭で撮っ…

アウラ

そもそもアウラとは何か。空間と時間の織りなす不可思議な織物である。すなわち、どれほど近くにであれ、ある遠さが一回的に現われているものである。夏の真昼、静かに憩いながら、地平に連なる山なみを、あるいは眺めている者の上に影を投げかけている木の…

母なる記憶の中で

川口有美子著『逝かない身体 ALS的日常を生きる』(医学書院、2009年)asin:4260010034 川口さん、渾身の著作を読ませていただきました。ALS患者と介護者が置かれている、というより追い込まれる状況とその中での命をめぐる孤独な闘いと共闘の貴重な記録だと…

死刑執行

2010年7月28日朝日新聞夕刊 朝日新聞の記事によれば、死刑制度に反対の考えを持ち、法相就任後も死刑執行に関して慎重な態度を見せていた千葉景子法相は、法務省幹部による度重なる説得によって死刑執行を決断したようだ。法務省内には昨年始まった裁判員制…

愛としてのアジール

アジール―その歴史と諸形態 アジールの日本史 網野善彦や阿部謹也に多大な影響を与えたとされるアジールに関する古典的な研究書の邦訳と最近の若手研究者の研究書を読んだ。色々と勉強にはなったが、期待はずれだった。じゃあ、書くなよ、と云われるかもしれ…

アブラハムかオデュッセウスか、ふたたび

プリーモ・レーヴィ(Primo Michele Levi, July 31, 1919 – April 11, 1987) ジョナス・メカス(Jonas Mekas, born December 24, 1922) アウシュヴィッツから生還し帰郷を果たしたにも関わらず自殺したとされるプリーモ・レーヴィの諸著作を読みながら、帰…

歴史の死斑

故郷の室蘭にはもう私の実家はないが、嫁さんの実家があるので、帰郷した際にはそちらに泊まる。札幌の自宅を離れるときにはネットからも離れることを心がけていることもあって、義母がとっている室蘭民報という地方紙に目を通すのがささやかな楽しみになっ…

人間の希望

asin:4022574100 1996年1月、徐京植(ソ・キョンシク)さんは真冬のイタリアにいた。 私の父母はいずれも、1920年代に植民地支配下の朝鮮から幼くして日本に流れてきた在日一世である。私は解放後の1951年、京都市で生まれた。尹東柱(ユン・ドンジュ)は自…

アジールの精神、精神のアジール化

集落の教え100 原広司は『集落の教え 100』(彰国社、1998年)の中でアジールについて「制度内設定」の観点から次のように述べる。 アジール agir (このagirに引っ掛かった人も少なくないと思いますが、実は2012年1月2日に小島剛一さんから何かの間違いであ…

追悼、志村啓子さん

プリーモ・レーヴィ(Primo Levi, 1919–1987)の本を読みたくなって、図書館でまとめて5冊借りた日、志村啓子さんの訃報に接した。絶句した。リゴーニ・ステルン(Mario Rigoni Stern, 1921–2008)の諸著作を中心とした渾身の訳業を通じて、心の森の奥深く…

海の記憶

水上勉(1919–2004) 私は母の胎内でどんな時間を過ごしていたか知らない。私は自分が母からどうやって生まれて来たかも知らない。もし母が生きていれば、私を孕み生んだことを、妊婦としての体験、産婦としての出産あるいは分娩の体験を聞くことができたか…

自然の自己記録性

asin:4395005640 最近の枕頭の書の一冊。管啓次郎「みずからの風の色を」(『風の旅人』vol.40)で知った。毎夜寝床のなかで世界各地の魅力的な集落に心を飛ばして、実際に行ってみたいなあ、こんな住居や集落で暮らしてみたいなあ、と何度も呟いては、夢見…

あるがままの現実

吉田喜重 1993年12月13日〜16日にかけて、4夜連続でNHK教育テレビで放映された「ETV特集 吉田喜重が語る小津安二郎の映画世界」の第1回を学生たちと一緒に観る。全4回の各テーマは次の通りである。 第1回 サイレントからトーキーへ 映画との出会い 反…

徳永進の「野の花診療所」と「こぶし館」

ハンセン病―排除・差別・隔離の歴史 沖浦和光と徳永進が共編した本書は、2001年5月の熊本地裁における「らい予防法人権侵害謝罪・国家賠償請求訴訟」の原告勝訴とつづく政府の控訴断念を受けて、同年11月に緊急出版された。沖浦和光の被差別民に関する著作を…

空というページ

大地/天空、土地/空に大きく二つに分けられた世界の中で、昼/夜の交替が永遠に繰り返され、風/水/火(熱)の運動(循環)によって、温/冷、乾/湿という変化が生じる。ほぼそのような世界に関する自然哲学的フォーマットを下敷きにして、ソローは旅人…

友情こそ革命である:ソローの場合

ソローは<友情>について散文と韻文を駆使して語りながら、謳いながら、何気なく<革命(revolutions)>に言い及ぶ。 …彼は昼のように何も隠さなかった。 内面の力強さを感じるのは、そのためだろう。 というのも、城塞や砲門が役立つのは 弱さと罪を隠す…

迷いは迷いのままに let it go where it will

Christophe Coënon, Photographie 私の経験では、旅人は一般に道について困難を誇張する。ほとんどの悪と同様に、困難は想像上のものである。なぜそんなに急ぐのか。道に迷った者が自分は道に迷っているのではないと結論を下したのなら、彼は気が転倒してい…

ソローが夢見た書物の中の書物 Book of Books

ソローはキリスト教から自由であったのみならず、ヨーロッパの文学や哲学に対しても一定の距離をとって非常に手厳しい見方をしていた。イギリスには記憶すべき韻文のただの一つもない、などと。その反面、東洋思想、とりわけインドの宗教や哲学に対する偏愛…

良心(conscience)の根拠

ソローは良心(conscience)の根拠について、その語源の通り、「共にcon-+知るscīre」つまり「分かち合う」という意味を踏まえた上で、ソフォクレスの『アンティゴネー』の一節を引きながら次のように述べた。 アンティゴネーは彼女の兄ポリュネイケースの死…

大地の微光(glimpses of terra firma):ソローの詩と書物についての見解

asin:4880593540 「馴致されぬ、未開の、自由で野性的な思考(the untamed, uncivilized, free, and wild thinking)」*1を尊んだソローは、安息日(日曜日)にも働き、著述に関しては自らを励ます次のような言葉を残している。なお、以下のソローの引用はす…

旅する原子(journeying atoms)

エジプトのナイル川の伝説に触発されたソローの想像力によれば、川は「月の山(Mountains of the Moon)」から「旅をつづけている原子(journeying atoms)」であり、「太古の貯水池(ancient reservoir)」である海に注ぐ。そして、「天の水源はいまだ枯れ…

ソローの時の流れの思想に寄せて

川は流れるとか川の流れとか、よく言われるんだけど、川って、川そのものって、流れてない。流れているのは水で、川はその通路、道だからね。大地に掘られた溝。水が幾世代にもわたって流れ続けて、そう、続くことが肝心なんだ、それで川と呼ばれるに値する…

あらゆる愚かな踏破を試みていくのだろう:南無さんの「白骨の章」

ここに来て、どこに来て? 「老い」をめぐる葛藤を他人事のように観察しておいてから、南無さんが吉本隆明に言寄せて、「孤独」について語り始めたかと思いきや、さりげなく、「所詮」の覚悟を蓮如上人(1415–1499)の「白骨の章」に託し、達観とか悟りとか…

ソローの水の哲学

自然はそう簡単にはその懐を開いてはくれない。辛抱強く時間をかけて付き合ってはじめてその秘密が少しずつ開示される。相手が何だろうと、それまでの自分という輪郭や境界が揺らぐ中での相互の観察を経てはじめて、相手は単に一方的に見るだけでは見えてこ…

ジョナス・メカスの日記映画、ポリティクス、そして汎神論

Film and Film and Film: An Interview with Jonas Mekas すでに「千夜一夜」企画の観点からだけ言及した、 Bright Lights Film Journal の2009年11月号に掲載された上のインタビューは、昨年9月にパリのRe: Voirから150頁の冊子付きのDVD版、Walden - Diar…

地霊と言霊、地図と辞典、ソローと松浦武四郎

asin:4061591339 本書はソロー(Henry David Thoreau, 1817–1862)がメイン州の森林地帯の奥地を三回(1846, 1853, 1857)にわたって従弟や友人と旅しながら、野生(自然)と野蛮(文明)との違い、自然と人間との関わりのあるべき姿、などに関する思索を深…

屋根のない本、棚に置いておくわけにはいかない本

asin:4880593540 本書はソローの処女作の初の日本語全訳です。44歳で亡くなるまでにソローが出版した本は、この『コンコード川とメリマック川の一週間』(1849年5月刊、以下『一週間』と短く呼びます)とあの有名な『ウォールデン−森の生活』(1854年8月刊)…