文学

ミュージック・ワイア、AU-D607G Extra(Sansui, 1983)

asin:4167564033 辺見庸『赤い橋の下のぬるい水』(文春文庫、1996年)には表題作の他にベトナムを舞台に娼婦たちと闇の中を疾走する「ナイト・キャラバン」と家族の日常をテーマにした「ミュージック・ワイア」の二作品が収められている。「ミュージック・…

月で樹を伐る者たちの、寝物語(sweet nothings)

寝物語 (男女が)寝ながら話すこと。また,その話。(『大辞林』より) 寝物語 a conversation in bed between husband and wife [between lovers]; 《口語》 pillow talk; 〈睦言(むつごと)〉 sweet nothings.(『新英和・和英中辞典』より) asin:4043417…

汽水(Brackish water)

水の世界には見えない境界があり、その境界域は汽水域と呼ばれ、海水と淡水が混じり合った汽水(Brackish water)という不思議な水、「幻の水」が存在する。そこでは浸透圧の激しい変化に適応したボラやヒメツバメウオのような汽水魚しか生き延びることはで…

黒い雨、白い虹、暗紫色の小さな花

asin:4101034060 井伏鱒二『黒い雨』を久しぶりに、二十年以上ぶりに読む。特に「原爆小説」あるいは「戦争文学」という文脈では読んでいない自分に気づく。もちろん、凄惨な被爆現場や被爆者の緻密な描写には改めて感心したが、それよりもむしろ登場人物の…

アンペラ、土佐節、なぎなたほおずき

asin:4101061017 ひょんなことから初めて読んだ、林芙美子『放浪記』の中で、鳩の豆を売るお婆さん、土佐節を唄う人夫、なぎなたほおずきを器用に鳴らす少女が登場する場面が非常に印象的だった。「私」はそこで触れる「世界」に結局は止まることはなかった…

女と男

お糸さんとお国さんの一緒の寝床に高下駄のような感じの箱枕がちゃんと二ツならんで、お糸さんの赤い長襦袢が、蒲団の上に投げ出されてあった。私はまるで男のような気持ちで、その赤い長襦袢をいつまでも見ていた。しまい湯をつかっている二人の若い女は笑…

救い

asin:4894345390 水俣病が東京湾で起きたら、どうなっていたか。そう石牟礼道子は問う。国内のすべての原子力発電所およびその関連施設が東京湾岸にできていたら、どうなったか。同型の問いである。そうならないように、この国の高度経済成長は進行した。都…

チェーホフの「庭」

asin:4120040526 「ぼくは文学者にならなかったなら、園芸家になっていた気がします」という言葉を遺したチェーホフは、30歳の時にシベリアからサハリンを旅して(その動機には不透明なものを感じる)、医者兼作家らしい、驚くほど綿密な記録を残した。本書…

がんぜ、赤岩ポントマル

小樽市祝津の鰊御殿(にしんごてん)(背後に赤岩とよばれる断崖絶壁を控えた岬の上にある)の敷地内に八田尚之文学碑がある。小樽生まれの脚本家である八田尚之(はったなおゆき, 1905–1964)の顔があちら側からぬーっと突き出した印象的なレリーフとふるさ…

「土佐源氏」の詩と真実

歌行燈・高野聖 (新潮文庫)作者: 泉鏡花出版社/メーカー: 新潮社発売日: 1950/08/15メディア: 文庫購入: 1人 クリック: 36回この商品を含むブログ (36件) を見る 泉鏡花の「高野聖」(明治33[1900]年)をはじめてまともに読んで、内容はさておき、「私」が出…

頭と手の共同作業の消息

ここ数日切り抜いていた新聞記事の中で妙に印象に残った記事があった。作家の辻原登が「ペテロのつまずき」を題材にしたチェーホフの短篇『大学生』のあらすじと最高潮の場面を紹介し、「僅か数ページの物語の中に何という深い時間と広大な世界が凝縮されて…

中上健次と宮本常一

中上健次の部落認識と「路地」観について調べていて、猿回し師の村崎修二が宮本常一から聞かされたという中上健次の逸話を思い出した。 村崎にとって宮本が話した中上健次のことも忘れがたいものだった。芥川賞をとるだいぶ以前、中上が部落問題について宮本…

喪失を深く胸に刻む

敬愛してやまぬリゴーニ・ステルンが永遠の旅に立った昨2008年は、私にとって喪失を深く胸に刻む年でありました。 いまは失ったものを嘆くのではなく、出会いの恵みに感謝しつつ、すぐれた先達の遺してくれたものを伝える仕事をこつこつと続けてゆきたい----…

『夜明け前のセレスティーノ』に登場する動植物たち

夜明け前のセレスティーノ (文学の冒険シリーズ)作者: レイナルドアレナス,Reinald Arenas,安藤哲行出版社/メーカー: 国書刊行会発売日: 2002/04/01メディア: 単行本購入: 2人 クリック: 60回この商品を含むブログ (19件) を見る 以前軽く触れたように、 「…

めくるめく世界

小説とはものを考えるすぐれた方法である、という内容のことをかつてある小説家が語るのを聞いて、なるほどと思ったことがあります。ひとつの問題を複数の角度から語ることを通して、真実の多面性、多面性としての真実に迫ることができる、というわけです。…

三島由紀夫にまつわる叔父の思い出

mmpoloさんがhayakarさん(id:hayakar)が取り上げたYouTubeの「三島 vs 東大全共闘」の映像を巡って、主に東大全共闘の不甲斐なさについて書いていた。 YouTubeの「三島 vs 東大全共闘」の映像 これを読んで、三島由紀夫にまつわる叔父の記憶が蘇った。文体…

あなたに本を愛しているとは言わせない

本との付き合い方は様々だ。好きな作家のあまり好きではない本もあるし、好きな作家の好きな本の中で一番好きなのが作家本人の言葉ではなく、表紙に採用されたある画家の絵だったり、別の作家の言葉の引用だったりすることもある。その絵や引用を確かめるだ…

風通しのいい孤独

asin:477380100X レイナルド・アレナス(Reynaldo Arenas, 1943–1990)は生まれ育った故国キューバでの弾圧を逃れて、米国に亡命した。しかしそこはすべてが金次第の歴史も魂もない国であると思い知らされた彼は、そんな国で魂を売り渡さずに生きるにあたっ…

土の味、水の匂い

夜になるまえに―ある亡命者の回想 (文学の冒険シリーズ)作者: レイナルドアレナス,Reinaldo Arenas,安藤哲行出版社/メーカー: 国書刊行会発売日: 1997/05/01メディア: 単行本購入: 1人 クリック: 13回この商品を含むブログ (8件) を見るぼくは二歳だった。裸…

魔法の杖の呪文

asin:4863100132 asin:4582766390 素白先生の随筆が手頃な値段の文庫と新書で読めるようになった。文庫の方は、歌人の来嶋靖生氏が『岩本素白全集』全三巻(1974年?1975年、春秋社)を底本に撰集し、「解説」も書いた『岩本素白随筆集 東海道品川宿』(ウェ…

文豪擬獣化宣言が面白い2

昨日紹介し損なった、内澤旬子(画)& 南陀楼綾繁(文)両氏による「けものみち計画」の一環である「文豪擬獣化宣言」の第一回目は内田百閒=フクロウである。 WASEDA bungaku FreePaper vol.010_2007_fall けものみち計画の文豪擬獣化宣言1 内田百閒=フク…

文豪擬獣化宣言が面白い

WASEDA bungaku FreePaperに連載中の内澤旬子(画)&南陀楼綾繁(文)の「文豪擬獣化宣言」が面白い。 けものみち計画の2 菊池寛=豚(vol. 011_2007_winter) けものみち計画の3 大佛次郎=アザラシ(vol.012_2008_spring) 文豪の愛すべき人間性を愛すべ…

『グラヌール』8号「水辺に立つ」

(表紙:中村照子*1) 月曜日に石塚千恵子さんとばったり出くわして『グラヌール』8号をやっと手に入れた。同僚の石塚純一さんと千恵子さんは東大に国内留学中のため、雑誌『グラヌール』編集・発行元の石塚出版局の拠点は、来年3月までは札幌にはない。2…

小説のなかの猛毒の由来

Daturaを調べていて、「サイケデリック歌謡R&R」なバンドDATURAのリーダーであるサファイアのブログDATURA - SAPHIRE BLOG -に出会った。そこで、バンド名「DATURA」の命名の由来が、私も好きだった村上龍の小説『コインロッカー・ベイビーズ』の中に出てく…

フェルナンド・ペソアの『不安の書』に「書の不安」を感じる

不安の書作者: フェルナンドペソア,Fernando Pessoa,高橋都彦出版社/メーカー: 新思索社発売日: 2007/01/01メディア: 単行本 クリック: 21回この商品を含むブログ (19件) を見る今まで食わず嫌いだった、ポルトガルの詩人フェルナンド・ペソア(Fernando Pes…

ことばのからだ:村松真理「ピクニック」の文体

縁あって、『文學界』九月号に掲載された村松真理「ピクニック」を読んだ。ことばにもからだがある。スタイル、スティルではない、「文体」。私が書くような意味と論理に引っ張られた文章にはまっとうな体がない。それは自覚している。文章の背後に生身の人…

耳と声

北海道も酷暑に近い中、盆の最中に、汗にまみれながら、8月8日に記録した、関口涼子訳、アティーク・ラヒーミー著『灰と土』を読んでいた。読むというか、アフガニスタンで灰になった人々とその灰が土と混じり合った「灰色の土」を舐めるような苦い体験をし…

関口涼子訳、アティーク・ラヒーミー著『灰と土』をめぐって

詩人の関口涼子さんが翻訳し、2003年にインスクリプトから出たアティーク・ラヒーミー著『灰と土』を大変興味深く読んでいる。灰と土作者: アティークラヒーミー,関口涼子出版社/メーカー: インスクリプト発売日: 2003/11/01メディア: 単行本 クリック: 1回…

キバシオオライチョウ(urogallo)はヨーロッパオオライチョウ(Capercaillie)だった

ヨーロッパオオライチョウ(Capercaillie)*1 志村啓子さんが訳されたマーリオ・リゴーリ・ステルン(Mario Rigoni Stern, 1921)の『野生の樹木園』(みすず書房、2007年)の訳業の素晴らしさを通してステルンの思想に興味を持った私は、やはり志村さんが200…

シベリアカラマツLarix sibiricaの記録:検索の陥穽?

マーリオ・リゴーニ・ステルン著、志村啓子訳『野生の樹木園』(みすず書房)をゆっくり、ゆっくり、読んでいる。野生の樹木園作者: マーリオ・リゴーニ・ステルン,志村啓子出版社/メーカー: みすず書房発売日: 2007/06/09メディア: 単行本購入: 1人 クリッ…