人生

沖家室島が揺れた夜

松本昭司さんとお父さん(島で現役最高齢、八十六歳の漁師であり、かつ、最後の釣り鉤職人) 沖家室島に根を下ろして生きる松本昭司さんは私とほぼ同年代、彼の方が二歳年上、で高度経済成長と歩を合わせて成長してきた世代である。松本さんは都会でサラリー…

撮る光、見る光

HASHIGRAPHY Rome: Future Deja Vu ローマ 未来の原風景作者: 橋村奉臣出版社/メーカー: 美術出版社発売日: 2009/10/23メディア: ハードカバー クリック: 1回この商品を含むブログ (2件) を見る 東京上野、国立西洋美術館で開催されていたHASHI展に、最終日…

底、裏に触れる

社会の底、歴史の裏。心の底、心の裏。言葉の底、声の裏、根。視線の先、瞳の奥。そんな場所に強く惹かれる自分がいる。その人が生きて来た道筋。その幾筋もの軌跡や行き止まりや袋小路の景色に思いを馳せ、その音色に耳を澄ます。時に背筋に電気が走る。痺…

旅のあとさき

雪道 原生林のオオウバユリ(大姥百合, Giant lily, Cardiocrinum cordatum var.glehnii.) 苅谷さんの畑 三浦さんちのハナ 小坂さんちのボケ(木瓜, Flowering Quince, Chaenomeles speciosa)の実 大槻さんちのヤグルマギク(矢車菊, Cornflower, Centaure…

計り知れない重さと微かな鈍い光

今回の出張の合間に私はHASHI展、門司港、「広島、ヒロシマ、ひろしま」の他に三つの寄り道をした。大阪、富山、そして京都である。 旅の主要な目的を広島で果たし終えた私は新幹線で新大阪まで行った。浪速区の鴎町公園内にある折口信夫の墓参り(これが他…

老後の花

佐野眞一『大往生の島』(asin:4167340062)で最も印象的な言葉のひとつは、周防大島の東和町で言い伝えられているという次のような痛快な人生の見取り図である。 この町では、五十、六十は洟たれ小僧、七十、八十は働き盛り、八十をすぎてやっと老人の仲間…

通過者の自覚

かつて宮本常一が日本各地を歩きながら撮った10万枚の写真に度肝を抜かれた森山大道は、それら10万枚の写真は、誰もが目を奪われ時代を特徴づけるような「突出した出来事」には目もくれず、それらとは正反対の、いわばその裏側の「突出していない日本の場所…

仁義

藤原新也と姜信子が書くものには抜き身のような裸の人間としての「仁義」を感じるから好きだ。そこまでそんなふうに書いて大丈夫、と思わず心配してしまう自分の立っている地平の向こうを彼らは歩いている。しかも、書かれたものに留まってはいない。彼らに…

ゴリラポッド

カミさんと近所のCOOPに買物に行ったおり、2階に入っている家電量販店ベスト電器で、新型のデジタルカメラコーナーなんかを素見していた。リコーはいいな、シグマもいいな、ライカもいいな、、。そのとき、「セール品」と書かれた札の立つワゴンが目にとま…

だらしない私

普通の意味では旅人ではない、ただの散歩人にすぎない私だが、ときどき、ブルース・チャトウィンみたいに、オレはこんなところで一体何してるんだろう? なんて呟いて、ボーッとしていることがある。風太郎亡き後も、風太郎が町内の人たちに残した悪くない印…

ノスタルジーとサウダージ

姜信子さんの「旅人」に寄り添う歌に関する一連の「旅」の物語を読みながら、その底流をなすノスタルジー(郷愁)が、先日百歳で亡くなったレヴィ = ストロースが語ったサウダージに限りなく接近するのを感じていた。ウズベキスタンの片田舎にある高麗人の村…

舌の時間、光りしずまる

昨日、カミさんの実家で地方紙「室蘭民報」日曜版(2009年11月15日)に目を通していて、あるコラムが目にとまった。一瞬、目を疑った。辺見庸の「コケを見にいく/光りしずまるもの」と題したエッセイが載っていた。その後半にこんな風に発音表記された言葉…

洪水の世の旅人

asin:B000LV6MLO 姜信子さんが『ナミイ! 八重山のおばあの歌物語』(asin:4000241559)で世に知らしめた「ナミイおばあ」こと新城浪さんの歌い,踊る人生の凄さを、姜信子さんが企画し、あの本橋成一さんが監督したドキュメンタリー映画『ナミイと唄えば』…

姜信子さんへ

asin:4000221728 asin:4000241559 asin:400430542X そのとき、私の心の中の固く渇いた石のうえに、ひらり、小さな蝶が舞い降りた。そして、羽を大きく開いた。ふわりと飛び立ちました。私を連れて、ふわりと。 どこへ? さあ、わかりません。でも、どこにい…

世界は複雑なかたちのリースのように、どこまでもつながっている

asin:4087473856 昨日、寒い部屋で、冬のアイルランドを舞台にした藤原新也の長編小説『ディングルの入江』(1998)を姉妹編の写真集『風のフリュート』(asin:4087831175、1998)を脇に置いてじっくりと読んだ。部屋の寒さを忘れた。「小説」と言っても、著…

ニコラ・ド・スタール

藤原新也『コスモスの影にはいつも誰かが隠れている』(asin:4487804183)の最終話「夏のかたみ」に、ニコラ・ド・スタール(Nicolas de Staël , 1914–1955)が出てくる。藤原が東京芸大油絵科の学生だった頃に世話になった壁紙の図案のアルバイト先の西部ポ…

What Am I Doing Here?

asin:0099769816 チャトウィンのような旅人でなくとも、誰しも一日に数回は、こんなところで一体何やってるんだ? と怪しむのではないだろうか。そんなことはない、という人はよっぽど幸運の星の下に生まれたか、天性の天然なのだろう。チャトウィンが自分で…

仏炎苞

asin:4487802148 藤原新也『日本浄土』の最終話「五月の少年」にカラー(Calla)という植物が登場する。 カラーはミズバショウと同じサトイモ科に特徴的な「花」、すなわち本来の棒状の花(肉穂花序)を囲むように発達した仏炎苞(ぶつえんほう)が特徴の植…

死のレッスン

asin:4022643188 藤原新也は24歳で初めてインドを放浪したとき、バングラデシュの難民キャンプで看護婦グリアが我が身の安全を顧みることもなくコレラで死にかけた子供にすでに無駄とも思える人工呼吸を執拗に施し続けるという彼の理解を越える現場に遭遇し…

ランチ

昼休み、四年生の橋本君と高崎君と一緒に大学そばの木多郎でランチ(スープカレー)する。春先に父上が急逝し、急遽稼業の経営の一翼を担うことになった橋本君は、卒論の準備も怠りない。民主党政権による新たな政策によって経営が圧迫される事実に直面して…

シトロネラ:小さな土地の深い記憶

藤原新也『東京漂流』(asin:4022643188)の前半にシトロネラ(Citronella)が登場する。柑橘系の強い香りがすることからレモングラス(Lemongrass )とも呼ばれる東南アジア原産のイネ科の植物(Cymbopogon nardus)である。シトロネラというと精油や化粧品…

無理な注文

盲目の歌手が歌う盲目の愛の歌。お天道様に天からいなくなれというのは無理な注文、赤ん坊に泣くなというのも無理な注文、と来て、君を好きになるなというのも無理な注文。自然、人間、そして愛と来て、そんな無理な注文をおおらかに歌い上げた名曲。「過激…

教師失格

昨日の午後タクオ(平岡さん)を研究室に迎えて有志の学生たちを交えて長時間にわたって延々と色んなことを話し合った。楽しかった。写真は話題として上がった多数の本のうちの一冊である。夕方から大学正門前のやきとり大吉へ場所を移して話し続けた。潮時…

迷子

人生の底を割ったような無責任に明るくて甘ったるい猛毒を垂れ流す寂しい人チェット・ベイカーの歌声(Let's get lost)を聴いていると、それに合わせて、んーん、レッツ・ゲット・ロスト、と脳天気に思わず口ずさむ自分もいるけど、もっとずっと手前で毎日…

チェンジ

Coyote No.35 特集:ロバート・フランク はじまりのアメリカ作者: 新井敏記出版社/メーカー: スイッチパブリッシング発売日: 2009/02/10メディア: 大型本購入: 3人 クリック: 25回この商品を含むブログ (23件) を見る Coyote No.38 特集:山郷の暮らし[夏、山…

ゲームの規則

人生に災難や事故や過ちはつきものだ。それらはその後の人生にさまざまな制約をもたらす。だが、1円にもならないプライドを捨て、そんな制約をゲームの規則だと思って楽しんでしまえば、たいていのことは上手く行く。人は放っておくと漠然とした不安や不幸…

自由

やりたいことがあればとことんやるしかないし、欲しいものがあれば自分で作ってしまえばいい。他人(の欲望)を代表するフリをしない。私は私を代表するだけでいい。もし他人(の欲望)を代表しようとするなら、それなりの覚悟が要る。私を捨てる覚悟。それ…

We're Going Wrong

うろうろしていて、老いたジャック・ブルース(1943–)、66歳? がギターではなくピアノを弾きながら歌うあの "We're Going Wrong"に再会した。"not are we're"と言って笑いながら、60歳過ぎてこんな風に歌えるようになるなんて、なんてかっこいいんだ。爺の…

節目

牧野さん(http://d.hatena.ne.jp/elmikamino/20090901/p2)はとても喜んでくれた。四、五日前に、牧野さんが撮り損ねたと残念がっていたトランペットの写真を数枚封筒に入れて新聞受けに挟んでおいたのだった。通称トランペットとは、巨大な黄色の花を垂れ…

記号

ときどき、自分も所詮一個の<記号>みたいなもんだという思いにとらわれる。色んな場所で変な流通の仕方をする記号。思いがけない交換に晒されることもある記号。貨幣にはなれない中途半端で出来の悪い記号。悪貨か。実名か匿名かはほとんど関係ない。それ…